仮タイトル
 地域社会はもう存在しない。まずこのように断言した方が問題がはっきりするだろう。それというのも、いまだに生活共同体としての地域社会(地域共同体)が存在するかのような見当違いな発言がめずらしくないからだ。

 「今どきの親は自分の子どものことしか考えない、それに比べて昔の親は自分の子どもも隣近所の子どもも同じように叱った」といわれる。

 昔の親が隣近所の子どもを叱ったのは、地域共同体が存続しなければ家業が潰れてしまうからだ。隣近所の子どもも自分の家の跡取りと同じように、ちゃんと した大人に育ってもらわなければ困る。あたたかい心をもっていたから隣近所の子どものことを気にかけていたわけではない。生活の必要から隣近所の子どもの 世話を焼いたのである。

 現在の親は会社から給料を受け取っている。メディアで報道される日本経済の動向に関心をもっても隣近所の子どもに目が届かないのは当たり前だろう。昔の親が賢明で、現在の親が愚かなわけではない。

 家業と地域の生産活動を基盤とする地域社会は高度経済成長期に消滅した。それにもかかわらず、その時期なお地域社会が存続するかにみえたのは、地域共同体の記憶が多くの住民に共有されていたからである。

なぜ日本の若者はこんな不幸な状況におかれているのに、立ち上がろうとしないのですか?


この本では「なぜなら、日本の若者は実はとっても幸せだからです」という逆説を指摘している。


なんと、自分がいま幸せだと感じる若者は、高度経済成長期やバブル時期よりも顕著で、なんと失われた20年にはいってから今が幸せだと思う若者の割合は増え続け、ついに過去最高の70%に達しようというのだ。
世界幸福度*ランク1位のブータンや北朝鮮にせまろうかという数字。


これはいったいどういうことか。
この本の論証によると、将来の可能性がとざされた人は、自分が幸せだと答えるという。
これは、心理学的な効果だ。
そう答えるほかないのだ。今は幸せだが将来には不安で絶望しているというアンビバレント。
実際に、老人はもう今より将来が良くなることはないので、今の生活に満足していると答える割合が高いという。そうしないと自己肯定できないのだ。
人はもはや将来に希望が描けないときに、今は幸せだ、いまは満足だと回答するというのだ。
この単純な仕組から、経済が停滞し、未来が描けなくなればなるほど、幸せ度合いが高いと答えるひとがふえるのだ。もちろん戦争などが起こってしまえば別だが、緩やかに停滞していく限り、幸福度はましていく。このような社会では、自己肯定が流行り、自分を愛すること、ありのままの自分を認めることが大事になり、それが幸せにつながっていく。
つまりブータンなり北朝鮮の幸福度はブラフではなく、そう答えるひとが多いのは合理的理由があったのだ。
警察庁の統計やメディア報道から計算すると、意外なことに子供が殺される事件の92%くらいは、親族による犯罪だということがわかる。実のところ、変質者による被害者は年間数件あるかないかでしかない。子供を変質者から守るために厳しい法律を作ったり、パトロールを強化するよりも、育児に疲れた親をサポートする政策を整備する方が殺される子供の数は減るのだ。

livedoor ニュース - 【眼光紙背】政治家やメディアに騙されないようにするとっておきの方法 (via hresvelgr) (via takaakik) (via otsune)
2009-01-02 (via gkojay) (via akilt) (via azurun)

子どもへのわいせつ行為、性的虐待なんかも親族がほとんどっていうね。

(via mcafee-x6) (via yokoshige85) (via amaisaeta) (via ussii) (via kyohei28)

(via dbqpdbqp) (via chlt) (via skamio) (via constan) (via skamio) (via kiri2)

台東区の商店街――「受難の時代」にもかかわらず、商店街が8年間で15箇所も増えた驚異

 江戸の町人まちは、1km2当たりの人口密度が5万人とも6万人とも言われた。いや、つい戦前まで、台東区はこれとさして変わらぬ超過密都市だった。

 人々のエネルギーは狭い家の中からまちへと溢れ出し、そのバイタリティが綺羅星のごとき商店街の連なりを生み出していった。人とまちと商店街。この当たり前の関係を見つめ直すことは、商店街の未来を語る原点だ。台東区の商店街が、格好のお手本を示してくれる。

「受難の時代」のはずの商店街が増加中!?
「製流販」が一体化した地場産業型の集積が強み

 台東区は、商業活動が最も高密度に集積する区だ。面積1km2当たりの密度を見ると、商店街数密度も小売店密度も23区最高。ともに2位以下を大きく引き離す。

 しかもだ。商店街の数が増えている。2001年~2009年の8年間で、商店街の数は15も増加した。「商店街受難の時代」と言われるこのご時世に、驚くべきことである。

 商店街が増えているのは、とりも直さず専門店が元気だからに他ならない。百貨店を抱える副都心区でありながら、大型店密度は7位に止まるのに対し、専門店の密度は1位。区内の3つの百貨店のうち、浅草の松屋と上野の丸井は商店街の外れにあるし、松坂屋の御徒町も主役はアメ横をはじめとする専門店だ。

 宅地に占める併用商業施設用地の割合が23区で一番高いことからも、商と住が混在した商店街型専門店の広がりがうかがえる。

 製造、流通、販売が一体化した地場産業型の商業集積が多いのも、台東区の特徴だ。その代表は皮革産業。皮革製品製造の工場数は1位、靴、履物の問屋数も共に1位である。東武浅草駅の北には、花川戸の靴・履物問屋街が延びる。小売業の分野でも、履物屋の数は1位、靴屋は2位に位置する。

 次にジュエリーだ。宝石・貴金属の加工場、問屋、小売店の数はいずれも1位。御徒町駅の南にはジュエリータウンが広がる。お寺の数が23区で一番多い台東区は、江戸の昔から仏具の製造が盛んで、飾り職人が多かったことがその始まりとされる。寛永寺と浅草寺をつなぐ浅草通り沿いに、50店近い神仏具店が集まる仏壇通りも、ルーツは同じだ。

 流と販のセットなら玩具がある。吉徳、久月の浅草橋からバンダイの駒形まで、江戸通りに沿って玩具・人形の問屋が続く。玩具小売店数は千代田区に次ぐ2位だ。料理・厨房用品なら何でも揃うかっぱ橋道具街も、プロが通うという点では流・販一体型の1つと考えていいだろう。家具・家電を除く什器小売店の数は、世田谷区に次いで多い。

 きりがないのでもう1つだけ。東上野のパチンコ村は、パチンコ関連産業の大集積地だ。パチンコ店の数は、大田、江戸川、足立などの大きな区が上位を占めるが、店舗の密度で見れば台東区は23区平均の3倍以上。もちろん順位は1位である。

伝法院の前に立ち並ぶ簡易店舗
浅草は今、「裏通り」が面白い

浅草のコアな魅力を体現する伝法通り商店街。200mの通りに連なる約35の店は、黒、白、こげ茶を基調とした羽目板と塗壁の外壁に統一され、映画のセットに迷い込んだようだ。「和のテイスト」を共有する町並みに魅かれる。

 わが国最初の地下鉄が、上野~浅草間に開通したのは1927(昭和2)年のこと。以来、地下鉄を出て雷門から仲見世を通り、観音様に向かうルートが浅草 詣の定番となった。2005年、TX浅草駅が開業し、西側から浅草寺に向かうもう1つのルートができる。

 これにいち早く反応したのが、「伝横」と呼ばれ、六区に抜ける裏通りだった伝法院通り商店街である。区の街並み景観整備事業を活用して、江戸まち風の改装を行なった。

 200mの通りに連なる約35の店は、黒、白、こげ茶を基調とした羽目板と塗壁の外壁に統一され、映画のセットに迷い込んだようだ。商品をかたどった袖看板や、火の見櫓と半鐘のモニュメントも楽しい。

 伝法院の前に並ぶ30数店の簡易店舗が、浅草らしさを一層盛り上げる。呉服屋の屋根の上には「鼠小僧」が!? 仲見世を挟んだ伝法院通り東商店街も、「和」のテイストを共有し合う。こちらには「白波五人男」がいる。

 観音様に参拝した後は、五重の塔の脇に廻る。奥山門と書かれた山門風のアーチは、奥山おまいりまち商店街のシンボル。ここも景観整備のまちづくりに取り組む商店街の1つである。

 ベンガラ色の窓格子が印象的だ。浅草奥山と言えば、見世物小屋と大道芸。大衆演劇の木馬館、浪曲の木馬亭が今も残る。奥山おまいりまち商店街は、隣接する西参道商店街、花屋敷通り商店街と連携して、“浅草エンターテインメント”の再生を目指す。

 テーマは、奥山おまいりまちが「歌舞伎絵ストリート」、西参道が「お祭り商店街」、花屋敷通りが「大江戸ステージ」。それぞれが、テーマに沿ったイベントや景観整備を競っている。

 言問通りを渡ると観音裏になる。柳通りに沿って、みちびき花の辻商店街。その北に、浅草観音うら一葉桜振興会。どちらも、近年新しく生まれた商店街である。観音裏への顧客回遊の拡大が、商店街結成の動機だ。みちびき花の辻商店街は花と緑に覆われた空間づくりに、一葉桜振興会は「吉原おいらん道中」の復活に力を注ぐ。

千束通商店街こそ浅草のメインストリート
樋口一葉『たけくらべ』の世界が広がる吉原

 北浅草のメインストリートは、千束通商店街。歩道に張り出した粋な和風のアーケードが600mにわたって続く。かつては吉原への通い道として賑わいを極めたが、今は地元に根を張った商店街に生まれ変わっている。

 土手通りを左に折れると、見返り柳がたたずむ吉原大門の交差点がある。左に曲がると、吉原商店街から鷲神社。樋口一葉『たけくらべ』の世界である。

 交差点を直進して100mほど進めば、右手にいろは会商店街だ。土手通り側の入口付近には食料品店が集まるが、奥に進んで行くにつれシャッター店が増えていく。その前に座り込む人、人、人。

 ここは山谷のド真中。ドヤのニーズに応えてきたこの商店街は、山谷の盛衰と共に決定的な曲がり角を迎えている。ドヤ街をどうするか。そこに集う人たちの生活をどう再編するか。そこまで立ち返って考えていかねばならない、重い課題が商店街にのしかかる。

若きショップオーナーが台東区の
伝統を受け継ぐ鳥越本通り商店街

 泪橋の交差点を過ぎると、間もなく南千住駅が見えてくる。再びTXに乗って新御徒町へ。駅前から延びる佐竹商店街のアーケードには、「日本で2番目に古い商店街」と書かれたフラッグが翻る。

 佐竹商店街のウリは古さだけではない。地域の生活を支える充実感。そんな手ごたえが伝わってくることこそ、この商店街の誇りなのだ。

 佐竹商店街の先には、「おかず横丁」の名で知られる鳥越本通り商店街がある。周辺に町工場が多く、働く女性のニーズがこの商店街に惣菜店を集積させた。しかし、それも今や昔。約60店あった店舗は、その4割が仕舞屋と化した。

 ここに新たな息吹を吹き込んでいるのが、若きチャレンジャーによる工房ショップだ。商店街の中に2店、隣接して1店。うち1店は、近くの小島小学校跡に区が設置した創業支援施設「台東デザイナーズビレッジ」の卒業生である。

 同様の取り組みは、御徒町駅南の鉄道高架下に約30の工房ショップが集積した“2k540 AKI-OKA ARTISAN”にも見ることができる。扱う商品で目立つのはバッグや袋物だ。素材は皮革に限らないが、かばん・袋物の問屋数、小売店数共に1位の産業集積と呼応する。製流販一体の伝統は、若者たちの手によってしっかりと受け継がれている。

 日暮里駅を西口に出て数分歩くと、商店街の中に突如階段が現われる。名付けて「夕やけだんだん」。ここは猫の楽園。何故か下町には猫がよく似合う。「犬は人に付き、猫は家に付く」という。住む人は変わっても地域への愛着を変えない下町の風土が、猫に結びつくのだろうか。あるいはマイペースを貫くことが、下町暮らしの極意なのかも知れない。

マイペースを貫くことが下町暮らしの極意?
商店街は「まちのコンテクスト」を体現する

東京随一の街歩きスポットでもある谷中銀座。「最近は観光地化してしまった」と眉をひそめる人もいる、メンチカツ対決、行列ができる惣菜屋、芸能人御用達の菓子屋などと、マスコミによって大々的に紹介されている。

 階段の下には、谷中銀座商店街がある。東京の街歩きの人気スポットで、休日には観光客で溢れ返る。約200mの間に70店の店が並び、7割が物販店でその半分は食料品店だ。言ってしまえば、ごく普通の商店街である。そのどこに、人を惹きつけて止まない魅力があるのだろうか。

 一方で、「谷中銀座は観光地化してしまった」と眉をひそめる人もいる。メンチカツ対決、行列ができる惣菜屋、芸能人御用達の菓子屋などと、マスコミは騒ぎ立てる。しかし、八百屋や魚屋や豆腐屋が、観光需要だけで成立するのだろうか。

 谷中はスローなまちだ。貧しくはないが、かといって贅沢でもない普通の庶民が、心を見つめ合いながら暮らすまちだ。そんな普通の人々のごくありふれた生活が、今も谷中銀座の底辺に流れ続けている。

 子どもたちが1日店員になって商売を体験する「子供インターンシップ」の実施など、商店街もまちと正面から向き合う。こうした人とまちとの凝縮された姿を肌で感じることができるから、人々は谷中銀座に魅了されるのだろう。

 建築の世界では、まちのコンテクスト(文脈)を読むことが重視される。谷中銀座の魅力を語るなら、まちのコンテクストを体現していること。その一言に尽きる。

 昨今の商店街活性化の議論は、「はじめに商店街ありき」の感が禁じ得ない。だが、まちそのものの魅力づくりが、商店街の活性化に先んじて論じられねばならない。ここを見誤ったままで、商店街の未来を語ることはできない。

 商店街はまちの輝きを写し出す鏡。そのよき手本がここにある。

■台東区の商業を知るためのデータ

小売店舗数 3652店(8位) 小売年間販売額 5094億円(11位) 商店街数 101ヵ所(7位) 大規模店舗数 15店(19位)

今回の学会では、FacebookやTwitterの普及に伴い、いろいろ面白いことがありました。すでに色々言われていることかもしれませんが面白かったことをあらためてざっとまとめてみます。


会う前に相手のことをtwitter上で知っていると、はじめて対面で会ったとしても名刺交換がスムーズ(○○さんのtwitterみてます!)
twitterを見てくれていて、向こうから自分に会いにきてくれる場合がある(舘野さんですよね?twitterみてます!と言ってもらえる)
自分の発表に対するコメントや質問を質疑応答の時間以外にもらえた
自分が見に行けないセッションで何が行われているかわかる
みんながいるセッション(シンポなど)でみんなが何を考えているかわかる
課題研究のセッションで議論されていたことについて、後日登壇者の方とtwitter上で議論できた
学会や飲み会で出会った人からFacebookのフレンド申請がくることで、ゆるやかにつながる(出会いが一過性のものでなくなる)
名刺交換しても、メール送るのはハードルが高いがtwitterやFacebookでメンションやメッセージを送るのはハードルが低い


みんなが同じプラットフォームをもっていることで色々新しいことが生まれるのかなと思いました。

提案競技視野に上期委託/中央線沿線まちづくり調査/杉並区

東京都杉並区は、 JR中央線沿線を対象に開発整備に関する調査に着手する。事業化検討のために新設した専門部署が現在、荻窪、西荻窪、阿佐ヶ谷、高円寺の各駅周辺の課題整 理を進めている。今後、プロポーザル方式なども選択肢に入れ、6-7月にも調査範囲、業務内容、選定方法などを具体化し、上期中には委託したい考えだ。 同区の田中良区長は荻窪駅を中心とした中央線沿線のまちづくりをマニフェストに掲げており、ことし4月に荻窪、西荻窪、阿佐ヶ谷の各駅周辺を所管するまちづくり推進課都市再生担当設置した。


現在、同部署では高円寺駅を加えた4駅周辺における開発整備に向けた経緯などを整理している。
2011年度予算には荻窪駅周辺まちづくり調査検討費1100万円のほか、同駅東側の阿佐ヶ谷駅と西側の西荻窪駅を対象とした約100万円のまちづくり予 算を新規に確保。調査を分割せずに一括して委託することも選択肢としてあるため、今後、調査範囲の設定や委託件数などを具体化することにしている。


各駅周辺の中で特に重視する荻窪駅は、区の中央に位置し、JR線、東京メトロなどの鉄道や多くのバス路線が乗り入れる区内最大の交通結節点となっている が、中央線新宿駅~立川駅間で唯一駅舎が立体化されておらず、市街地を南北に分断している。また、バス路線の停車場が駅前広場に収容しきれないなど課題が 多いため、都市機能の潜在能力を生かす方策なども検討していくことになりそうだ。

2011/05/27  建設通信新聞  4ページ  612文字

 今回、日大練馬光が丘病院は撤退の理由を、開設以来連続して支出超過(赤字状態)が続いていることと、民法第604条規定(賃貸借の存続期間は20年を超えることができない)により、病院の賃借期間は20年に短縮可能だからと説明しました。
 
 一方、練馬区側は病院開設時に30年の賃借契約を結んでいる以上、契約満了前に運営から撤退するのは了承できない、もし撤退するのであれば、責任を持って引き継ぐ医療機関を探すべきである、とウェブサイト上で主張しています。
 
 どちらにも各々の立場で主張があるのでしょう。しかし、問題の本質は、相次ぐ医療費削減政策により、保険診療だけでは病院運営が赤字にならざるを得ないという、低すぎる健康保健点数にあります。新たな運営主体を探したところで、それは解決を先送りしたに過ぎません。
 
 もちろん地域医療に取り組むには医療者としての道義として、採算が取れないからといってすぐに撤退することは許されないでしょう。それでも、赤字垂れ流しの状態で、「道義的責任」や「使命感」だけで続けられるのはせいぜい数年でしょう。
 
 練馬光が丘病院に対して「20年間も赤字が続く厳しい状況の中、よくやってくれた」というねぎらいの言葉ではなく、「契約不履行」という非難の声明が投げかけられるのは、医療従事者としては沈痛の極みです。

handa:

日経アーキの最新号「『元気な街』の仕掛け人」で、「インターネットで何でも買える時代にわざわざ店舗に足を運ぶ理由は何か。」と考えて、オリジナルの商品を手がける小さな店舗を集めた、と書かれていた。低賃料で若いアート系のオーナーを集めて成功しているらしい。まったくそのとおりだと思う。

BEAT of SUCCESS 橋田’ペッカー’正人

音楽家。トレーニングビート・ヘッドトレーナー。ドラムサークルファシリテーター協会理事長。
日本パーカッション界の草分け的存在。1977年に渡米し、帰国後、日本最初のサルサ・バンド、オルケスタ・デル・ソルを結成、数多くの作品を発表する。スタジオミュージシャンとして、MISIA、坂本龍一、Coba、浜田省吾、尾崎豊、長渕剛、SMAPなどのレコーディングやツアーに参加。

レコーディング楽曲は25000曲を越える。また、音楽による『メンタルヘルスケア』にも力を注ぎ、
いま話題のリズム・ムーブメント『ドラムサークル』の推進役ファシリテーターを育成・支援。
2004年『ドラムサークルファシリテーター協会』を設立し、理事長を務める。数々のバンド結成の経験から、チームビルディング、リーダーシップ、コミュニケーションのノウハウを体得。ドラムサークルから学んだファシリテーションと結びつけたトレーニング・ビートの普及に務めている。

ロングブレスのポイント:


  • 足をクロスさせて立つ
  • おしりにえくぼを作る
  • 後ろ足に体重の90%をかける
  • 3秒で吸って、7秒で吐く(10秒)
  • これを6回して1セット(朝・晩2回やる)
  • 吐くときは、強くゆっくり本気で吐く
  • 吐くときは、全筋肉に力をいれる

 これでインナーマッスルが鍛えられ、基礎代謝があがり、痩せる、ということだ。


追加ポイント(私が気づいたポイントです):


  • 毎日、鏡を見ながらやると、肉体が変化していくのがわかり、やる気がわく。続く。
  • 丹田(へその指六本下あたり)から息を前方上部に吐くようにイメージすると、お腹に力が入り、頭がクラクラしない。
  • 後ろ足のヒザを軽くまげて腰を落とすと、丹田に力が入りやすい
  • 丹田を膨らませながら「超本気」で息を吐くと、全身が熱くなり汗がにじみ出てくる
  • 丹田に力をいれるには、ドラゴンボールで悟空が気をためている状態をイメージするとやりやすい(界王拳10倍でいこう!)
  • 空腹時にやるとやりやすい。お腹いっぱいだと、腹に力が入らない。